
「ひびのはいった骨董」とホロヴィッツを評した吉田秀和先生の心中は計りかねるが、本日の吉本隆明さんの講演の、ききて・瀬尾育生さんには、吉本さんに対する深い敬意が確かに感じられた。だからこそ、時間をオーバーしてでも、もう一つ、あと一つ訊いてみよう、ということになったのだと思う。「孤立の技法」「世界の縮小感」という質問自体、とても興味深く、確かに吉本さんに投げかけて、なにか新たなことを打ち返してくれるのではないか。と期待してしまうのであるが、やはりそれは酷だったのか。 が、「自分が敬意を表するものの模倣をすること、まねること。それは模倣にはなっていないかもしれないが、それでもそうするのがよい」 という一言には深く共感。自分がJAZZを習得する第一段階は、まさにこれでした。名手の音を聞いて「コピー」すること。そして彼らと同じように弾けるようになる、いや歌えるようになること。記譜はしてもいいけど、あくまでもメモ。大事なのは「歌心」 音楽に関してはそれで、その方法が有効、とは思っていたのだけど、まさか詩を書くこともそれでいいとは。ちなみに吉本さんは「教科書でついたてを作って隠れるように」西行と高村光太郎の「模倣をしていた。いや模倣にはなっていなかったかもしれないが」とのこと。
コメントする